2011/05/23

【もしバタ】もし私がサザエさんの放送を見てバタフライエフェクトについて考えたとしたら

本屋に行くと私の行動範囲は2パターンに分かれる、と思う。

1時間くらいしか時間がないときは小説のコーナーをくるりと回って、
好きな作家さんの本とか新しい作家さんの本とか見て回る。
お金がないので指をくわえて見ているだけの場合が多いんだけども。

もう一つは、数時間時間があって「今日はどれだけ本屋にいてもいいのよ」って日。
そんな日は小説コーナーには行かない。
全然関心がなかったり知識がない分野のコーナーに行って、
手当たり次第ペラペラめくりまくるのだ。
電子工学の次は刀鍛冶の本、その次は脳科学でその次は参考書コーナー。
これが結構楽しかったり、新たな発見がある。

専門分野の専門書でも、ペラペラめくってみて私には全然意味分からなくても、
大枚はたいて買う人がいるのだ!人って面白い!とおもうし、
意味不明な単語を読んでそれを使いこなす自分を想像してみたりするのも楽しい。
もちろん入門書を見て純粋にほほーっとなることもあるんだけども。

で、今日は世界史の年表を眺めてみた。
知らないことのほうが多かったけど、年表って面白いよなぁってつくづく思った。
世界の膨大な出来事を時系列に並べてるってすごいよね。
だって、出来事ってその渦中にいるときには認識されないことが多いのに、
数年後に当時のことを振り返ったら当時の時間の流れがあって、
政治とか経済の動きに何らかの変化があったりした期間や出来事に対して
名前をつけるわけでしょう?
例えば「米騒動」だと、当時は「今日から米騒動の日です!」って言っていたわけではなくて、
世の中の成り行きで米が不足するという事態になったわけで、
予定されていたことじゃないんだから最初は名前がなかったのに
後に(あるいはこの騒動のさなかに)ネーミングすることによって人々に
「あれは【米騒動】っていうことだったんだ」という認識を与えるんだと思うんだけどどうだろう。

で、そんなのが一堂に会してる年表ってネーミングの羅列だなぁとか思うと
これ誰がつけたんだろうとか考え始めてもう楽しくなっちゃって
「もし一粒のイチゴが原因で反乱が起きたら【イチゴの乱】とか
テストに出るのかしら」とか考えてひとりワクワクが止まらなくて
ドキがムネムネになるんだけどどう?気持ち悪いよね。

まぁいいや、で、これはどこかで聞いただか読んだだかだと思うんだけど、
ネーミングをすることによって存在が生まれるんだと改めて思ったんです。
例えば【ニート】って言葉がないときにもニートはいたわけで、
でもネーミングがないから【ニート】という存在は社会に存在していなかったのに、
【これこれこういう人をこう呼びましょう】ってなった瞬間から
今までなかったものが存在し始めるのよって思うとすごいよね。

【マザコン】も【マザコン】という言葉がないときには存在していなかったし、
【草食系男子】も【ギャル】も【オネェ系】も【オタク】も存在していなかった。
でも、ネーミングされると初めてその人たちが見えてくるわけで、
それって透明人間が名前を貰うと見えるようになるみたいな、
そんな感覚に陥ってしまった。

ということは、今はまだ見えないだけで自分を含め色々な存在が
まだまだ隠れているって事で、ということは世の中の容量は
どんどん増え続けていっているしこれからも増え続けるのかぁと思ったら
宇宙の誕生はビッグバンだったってのを思い出して
ひとりおぉ~とかなっちゃってもう大変だった。

そして今のこの現状を未来から見たらまた何かネーミングされんのかなぁと思うと
わくわくするけど想像ができない。

バタフライエフェクト(映画じゃなくて)っていう言葉を調べてみたら、
すごく小さな出来事が将来大きな出来事に繋がること、という意味だった。
なんでバタフライかっていうと、チョウチョがここで一回多く羽ばたくことによって
その風で綿毛がそよいだり、その結果徐々に大きな風になっていって、
最終的には大きな竜巻になる、とかそういうことらしい。

つまり、私がここでクシャミをしたら強い風になって結果的に桶屋が大もうけしたとしたら、
「桶屋革命」とかいうネーミングで日本史の教科書に載って、
私の写真が教科書に載って年表の一部になる可能性もあるわけでしょう。

それ考えたらやっべ風呂入ろうって思ったんだ。

なんで日曜日の夜にこんなこと考えてるんだろうと思ったら、
今日のサザエさんでナカジマが哲学に傾倒するって話をやってたからだと気付いてしまった。

ここにも小さなバタフライエフェクトが存在したということか。
今日はナカジマ革命だな。

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