2010/09/29

明日のことなど誰も分かりはしないんだ

近頃、バーブリー・マスジド跡地に建設が予定されている
ラーム生誕地寺院の建設予定地所有権問題が世間を賑わしている。

気になる人はググっていただいて、
要は所有権争いで裁判していて、
判決によってはムスリム(イスラム教徒)VSヒンドゥー教徒
暴動が起こるのではないか、ということです。

今月23日が判決!ということで、
「学校あんの?!」「知らん!」と、
まぁワタワタしていたわけです。

結局判決は延期。今月27日になりました、とのこと。

そして27日。
「学校あんの?!」「誰もしらねぇ!」

またまた判決は延期。今月30日になりました、とのこと。

明日です。

午後3時半の予定なので、本当に判決が出るならば
万が一のために日本語クラスを休みにしなければならない・・・
ような気がする。
実際暴動があるかどうかも分からず、
「判決出るらしいよ」「暴動あるらしいよ」
「らしいよ」情報の蔓延がすごい。
「多分暴動ないと思う。ピュルリィ~」という人もいれば、
「明日は午後から外出禁止!」という人もいる。
バラナシはヒンドゥー教の聖地だから、
もしかしたら・・・なんて不安は私も感じている。

保険入ってない私は、
ムスリムエリアからは遠い場所に住んでいるとはいえ、
危険はとりあえず避けておきたい。
むむ、どうすんべぇか。

しかし、無宗教&多神教国家生まれとしては、
どうもこの「宗教的対立」という場面に疎い。
日本人がみんな、というわけではないけれど、
とりあえず私は疎い。

ならば、渦中のインド人に明日学校はあるのかを訊くのが一番だ、
という意見もあるだろう。
私もそう思う。だから訊いてみたよ。

「サー、明日は学校ありますか?」

「僕も分からないんだ。オフィスに訊いてくれたまえ、ベイビー」

そしてオフィスに行く。

「ジー、明日は学校ありますか?」

「ん?シラネ。」

どひゃー。

誰もしらねぇー!

午前中は大丈夫、とのことなので、
授業が終わったら再度オフィスに向かってみる、ということで
ケリがつきました。

そうだ、明日のことなど誰も分からない。
今出来ることをするしかないのだ。

テレビない、新聞読めない。
情報過多の時代に情報不足。
参った。

3度の飯より

ナマステー。

3度の飯より冬が好き。おばんです。

日本に帰って浦島太郎にならないように、
Yahoo!なんぞをチェックしていると
出ていますね、冬服。

冬服着たい。冬服大好き。冬と結婚したい。

というか、雪が恋しい。

日本の冬を少なくとも4回キャンセルしなければならないのが
私にとって数少ない悩みの種。

さむーい!って言って帰ってきてメガネ曇らせたいし、
ラーメン食べて鼻水垂らしたいし、
雪の中を走り回りたい。

なんなら冬と結婚してもいい。
突然すぎて困るってんなら友達からお付き合いしてもいい。
時間をかけてじっくり飲み明かしたい。

冬と。

逆に夏とか本当に嫌いだし、
多分クラスにいたら絶対いじめてる。
ハブにして二度と学校に来させないね。

コート着たいし道で滑りたい。
耳真っ赤にしながら木枯らしの中を歩きたい。
手袋なんかしちゃったりして、ブーツなんか履いちゃったりして。

マジで大寒波が来ればいいと思ってるし、
むしろうちで寛いで頂いても結構だ。
「近年稀に見る寒さ」とか、「記録的な大寒波」って言葉が
何よりも私の血となり肉となる。

あぁ、冬の知らせを感じるたびに日本に帰りたくなる。

というか、モスクワとか行きたくなる。
ウォッカ呑みながらトランプして夜を明かしたい。
犬ぞりに乗って通勤したいし、
イヌイットとフレンドシップを築きたい。
そのフレンドシップにより、モスクワ親善大使になるのだ。

なんて眠れないから適当なことを書いているけれど、
冬が恋しくなってきてしまった。

お母さん、冬を送ってください。
赤い手袋と一緒に、小包で。
そしたら故郷を想って泣くわ、ワタシ。

2010/09/28

24歳としてのスキルがない

4連休だった。

厳密に言えば金曜日は日本語クラスがあったから
3連休だけれど、授業がないという点では4連休だ。

所用でちょくちょく外出はしたけれど、
それも4時間程度でぷらりーっと帰ってきてしまった。

インドの一日は24時間だ。
日本も同じだと思う。

では、残りの20時間、私は一体何をしていたんだろうか。

回想すると、勉強したりしたし、DVD観たりした。
でも、何かこう、それだけじゃなかった気がするのだ。

なんだっけ。

すごいぼけーっとしていた気がするんだけど・・・。

あ、思い出した。

ニンニクをひたすら剥いていたんだった。

最近やけに眠くなるのが早くて、たるんでる!と思って
精力つけようと思って、それでニンニク剥いてたんだった。

ニンニクペーストとかないから、生ニンニクをムキムキして、
あまりの量に「こんなに剥いてどうすんだよ」ってツッこんだ気がする。
とりあえず刻んで、トマトとかナスと一緒に炒めたけど、
減った気がしない。
ドラキュラとか絶対来ないタイプの家になってる。

ちなみに私、ニンニク剥いたの初めて。

って友人に言ったら、「えっ・・・」と絶句された。
え、逆にこっちが「えっ・・・」なんですけど!
ニンニクってみんな剥いたことあるの?!
全国調査によると98%の女子が剥いたことある(Yahoo!リサーチ調べ)とか
そういうレベルでみんな剥いてんの?!いつ?!

今まで誰と話していても、
「昨日ニンニク剥いてたら電話かかってきてさぁ、元彼から!」とか
そんな流れになったことがない。
みんなペーストを使っているものだとばかり思っていた。
もしくは剥いてあるやつ。剥けちゃいました系のやつ。甘栗的な。

で、最近パスタを作ろうと思って、ニンニク剥いたことだし
ペペロンチーノでも作ってシャレこもうと思っていたんだけど、
そのことを友人に話したら「トマトソース作ってもおいしいよね」ですって!

え!トマトソースって作れるの?!

だってあれ、ケチャップとか色々なんか必要でしょ?!
ケチャップ・・・え?必要?知らないけど。

近頃、いかに自分の料理のストックが少ないかということを
思い知らされている。
一人暮らし暦6年のうち、自炊はちゃんとしていたつもりだけど、
「◎◎の素」だの、「混ぜるだけでカンタン!」だのという
殺し文句に踊らされていたマリオネットに過ぎなかったのか。
そりゃカンタンだろうけど、確かにカンタンだったけど、
料理の基礎がなさ過ぎる。

昨今の24歳はどうなの?
自分でトマトソースとか作るのって当たり前?
むしろ男子でも出来るって話?
このままだと嫁の貰い手がないって話?
っていうか、ニンニク剥いたことあるの?どうなの?
私、24歳として失格ですか、どうですか?

わわわ!こりゃいかーん!

そんなわけで料理修行も兼ねてインドで生活しています。
お昼ごはんはラーメンだったけど。うふふ。

2010/09/26

小さくても巨大な存在

夕方頃、外出ついでにチャイ屋でチャイを飲んでいたとき。
秋の涼しい風が通り抜け、遠くに見えるガンジスも
いつもより澄んでいるような、そんなひと時のことだ。

「腑抜け」と書いたような顔でチャイを飲んでいると
私の後ろで2人のインド人男性が喧嘩し始めた。

A「お前が50ルピーって言ったんだろうが!」

B「いーや、言ってないね!冗談はやめてくれよ!この×××!!!(放送禁止用語)」

A「テメェー!!!」

周囲のインド人もたかり始め、チャイ屋のおじさんは困惑、
というかちょっと楽しんでいる様子。
止めもしないでニヤリと笑っていた。

うわぁー・・・と思っていたけれど、人がたかりすぎて移動できず
無心にチャイをすすっていた私はひどく居心地が悪かった。
早く終わってくれ、それだけを無心に考えていたのだ。

するとそこに、一匹のバッタらしき虫が登場した。
ただのバッタではない。
子供の拳ほどの、超巨大なバッタ。
天変地異?と訊きたくなるほどの圧倒的な存在感…ッッッ!!!

このくらいの存在感…ッッッ!

そいつがこともあろうに、わたしの腕にバッチリとまった。

ぎょへーーーー!

突然の来訪に、恥ずかしながら我を忘れた。
その忘れっぷりたるや、もはや「無」だ。
時と場合によっては悟りも開けるし、
ブッダと崇められてもやぶさかではないほど無心だった。

人はあまりにビックリすると、体が反応しないらしい。
「ペットですが、なにか?」という体裁で私の腕にとまったバッタを、
振り払うことすら出来なかった。
ガガガーン!っていう効果音とともに、目がびょーんって飛び出してる
昔の漫画っぽくなっていた。

 周囲の視線を欲しいままに、私はバッタを見つめて叫び続けた。

ひぉぇ~~~~~!

見るに見かねた喧嘩中のインド人が、
私の腕からバッタをつまむとポイッと投げ捨てた。

汗だくの私を哀れむように見つめると、
「ティーク ハェ?」(OK?)と訊いてきた。

OKかと訊かれると、ある意味OKなんだけど
ある意味NGなこの心境。
 しかし、バッタ登場のお陰で喧嘩の腰は折れたようだ。

小さな体に秘められた神秘の力だとでもいうのか、
バッタのお陰で事なきを得たのだ。
あぁ素晴らしきかな、生命よ。
母なるガンジスの恵みよ。

 なんとなくバツが悪い感じでみんなが解散すると、
 チャイ屋の倅(10歳くらいの少年)が
 あろうことかバッタをつまみあげて再度私に渡してきた。

お前は空気を読め。

2010/09/25

そういえば21世紀

そういえば21世紀になって10年近く経つ。
ミレニアム高校生とか騒がれていた時代は
そんなにも昔のことだったのか。



家に帰って服を着替える。
脱いだ服は洗濯籠に入れる。

この工程はおそらく全ての人がしていることだと思われる。
「いや、俺は家に帰ったら服着るね、逆に。」という人もいるかもしれないが、
そんな人は減量中のボクサーかはたまた変態だろう。
かくいう私もその他大勢の一人であるし、
いくら個性が尊重される時代であっても
そこは外れないでおきたいと思っている。

洗濯用洗剤を入れる。

これも人によって格差があるとは考えにくい。
排水問題がいくら叫ばれていようとも、
「私、塩で洗ってます。海に流れても大丈夫だし。」と言う人は
少なくとも私の周りにはいない。

洗う。

これだ。これですよ、私が本日気付いたのは。
お金がないので洗濯機は買わず、
(これは長期滞在でも大多数がそうだと思うけれど)
洗濯屋さんを利用しない私は専らの手洗い派。

付け置き、揉み込み、ゆすいで、絞る。
週の半分は人間洗濯機を演じている自分にハタと気付いた。
機械に支配されてしまうんじゃないか、と懸念されるほど
近代化が進んでいる昨今、手絞りで腕がやけに逞しい。
パーカーとか絞りにくいからイヤ、とか普通に思っている自分がいる。
額に汗を流して、布をこすり合わせる自分がいる。

二足歩行できるロボットが現れて何年経つだろう。
3Dテレビはもはやドラえもんにも登場したという。
人センサーで便座が開くことに驚く人はもういない。

そんな21世紀。

機械文明は著しく成長を遂げている。

私、インドでパーカー絞ってる。

明らかに時代錯誤だと気付くまでに2ヶ月かかった。
慣れとは怖いものだ。
日本に戻っても、「洗濯機、イラネ。腕があるし。」と思うかもしれない。

インドでつくづく思うのは、「あれば便利なもの」は高い。
「ないと死んじゃうもの」は安い。
だから、家電は高い。
一部の野菜は安い。(値上がりしているけれど)
だから、デジカメも洗濯機もテレビも冷蔵庫も、
(少なくとも私にとっては)高い。

「あれば便利なもの」は極力買わないようにしている、
といえば聞こえはいいかもしれないが、
単にお金がないだけだ。それだけ。
だから今日も手で絞る。
これは2日に1回のルーティンワークとして
既に私の生活環境に組み込まれている。
腕が逞しくなったのも膝を打ってなるほど!と言える。

だからかな、今日絞っていたら、パンツが破けたのは。

筋トレしたい人はインドにいらっしゃいませ。



余談ですが、周りから「痩せたんじゃない?」と言われる今日この頃。
 9キロ痩せて前回帰国し、日本で5キロ太ってインドに入国。
 体重のバロメーターであるスキニージーンズがゆるい。
(体重計も買ってない。)
太った分の5キロは取り戻したんだろう。

しかしこの激しい体重の増減はなんだ。
思春期の乙女じゃあるまいし。

でもちゃんと食べている。3食。
運動量が増えたんだろう。
自転車も買ったし、引きこもる日がほとんどない。
そしてパーカーを絞っている。

これだ!

パーカー絞りダイエット。

2010/09/23

なんでですか?どうしてですか?

本日も行ってきました、日本語クラス!
さーてどんな顔ぶれか。

前述の通りチャリですいーっと行くと、
あれれ、10分前なのにもうみんないる?!
なんか自分が遅れてきた気分。

月曜と火曜担当のラチタ先生から、
濁音と半濁音は終わったとのことなので、
じゃあ今日は「きゃ きゅ きょ」からかなーと
思っていた。

ひらがなカードを手に、
「今日はこれやりまーす!」と言うと、
すごく微妙な顔。

え、なになに、なんで?

「先生、文法やりましょう。」

お、なるほど、飽きてきたか。

しかしひらがなは基本の基本!
これを覚えずして文法はできぬ!

まずは基本が出来ないとなんにもならんだろうが! 喋るだけなら誰でも出来る!
飽きたなんて言っていたら上達しないんだ!
そもそもそうした甘い考え方が・・・云々。

「これ読めたらやりましょう。
(「きゃ」のカードを見せながら)はい。」

「きゃ」

読めちゃったー!!!

一通り見せたが、そこそこ読めている。
うむむ、勘がいいのか予習してきたのか。

仕方ない、文法やりますか。

わたしはN1のN2です。(N=noun/名詞)

用法を説明して、早速言ってもらうことに。

じゃあアジートさん、どうぞ。

「私はアジートさんの学生です」

あ、あっれー!!!
ちょっとちょっと!ちゃうやんけ!

「ノー!BHUの学生です、です。
じゃあ、シッダールタさん、どうぞ。」

「私はシッダールタのBHUです。」


意味わかんねぇーーーー!!!

どうしよう、伝わっていないらしい。
日本語とヒンディー語は語順が一緒なのよ、ということを
汗と涙にまみれて説明する。

みんなの顔が「?」から「!」になったとき、
報われたー!というか、良かったー!!!というか、
嬉しいというよりむしろ安堵。

ひらがなに飽き飽きしていた生徒さんたち、
数字を教えると嬉しそう。
日本語の数字は例外はあれど簡単だから、
すぐにマスターできると達成感があって嬉しいようだ。

しかしここでも問題が。

「私は24歳です」

と言うと、

「先生、「歳」って何ですか」

え、何って、年齢を数えるときのあれよ。アレ。
・・・なんだっけ、助数詞?

「歳は、ヒンディーでサールです。」

と言って逃れたけども、満足の出来る説明が出来ず
ひどく悲しい思いをした。
助数詞について説明できたらかっちょよいのに。
ヒンディーと英語の出来ない加減にがっかり。

黒板を消すとき、「消しまーす」と言って消すと、
 「消しますって何ですか?」と。

「消します、は、ブラックボードをクリーンアップです。」

「じゃあ、ブラックボードだけですか?」

「え、いや、ノートとかもそうですね」

「じゃあ、ブラックボードとノートだけですか?」

「だけ、と言われると・・・」

「机は?」

「机は消します、とは言いません。ライク ア イレイザー。」

もう、完全にしどろもどろ。
大丈夫かよ・・・と私も思った。
一応分かってくれたみたいだけれど、
ヒンディーの早急な上達が求められている。やばい。

授業が終わって、チアキ先生の授業を拝見。
日本語能力検定のための授業だけあって、
皆さんレベルが高い。

「大抵」という言葉の説明のとき、

「私は 大抵 7時に 家に 帰ります」

という例文をチアキ先生が教えたところ、

「「帰っています」だと間違いですか?」という質問が。

え、そういえば何か違うのかしら??
でも、「帰っています」の方が「既に到着している」感が強いような。
「帰ります」だと「動作」が強調されているような??

どっちでもええやんけ!と思うような質問でも、
分かりやすく説明するのは難しい。

勉強しなければ。ければ!!!
と思っていたら停電。

いい加減にしてくださいませ。

すーいすいのがったがた

自転車を買ったのだ。
すげーダサい赤の自転車。

どこにでもありそうなママチャリ

ふ・・・ふろーれんす・・・














このデザインにいくらか払っていると思うと悔しい。いらん。















でも新品でRs.2700だからまぁよしとしよう。
要は動けばいいのだ。

このサイクルのお陰で私の行動範囲は飛躍的に向上した。
やたら広いBHU構内もなんのその。

日本語クラスまでに時間があったら
すいーっと適当にご飯を食べに行ける。
すばらしい。
自転車とはなんと素晴らしいものか。
感動した。

ただ、道が悪いところだと
あがあがあがあが!!!ってなるんだけどね。
首をツンツンするとカクカクなる人形のごとく。

平気で対向車線を走ってくるバスに轢かれそうになるんだけどね。
そして足が短いから片足つけようとすると転ぶんだけどね。
家帰ると鼻くそ真っ黒なんだけどね。

でも自転車はスバラシイ。

明日も自転車で学校だー!と思っていたら、
暴動があるのかないのか分からないので
休むことになりましたよ、と。

勉強しよう。

2010/09/22

ヒンディー語話せますか?

昨日学校に行くと、校舎に入る直前で電話が鳴った。

おっと、時間もあるし外に出て話そう。ハロー?

すると、おもむろに近づいてくる大学生3人組。

私、電話中。(日本人の女性と)

通り過ぎるだろうと思っていたけれど、
3人の視線は私にロックオンされている。

でも、電話中。

すると一人がこう言った。

「Can you speak hindi?」

ちょっとまて、電話中。

ジェスチャーで静止したものの、
あまりのフリーダムに混乱した。

彼にはこのモバイルフォンが目に入らないのか!
その大きな目は長い睫毛で前が見えないってか、えぇ?!

話が終わり、電話を切って歩き出すと先ほどの青年が近寄ってきた。
めんどくさい警報が鳴り響く。出来ることなら避けて通りたい!

必殺!電話かけているフリ!


「もしもしー?あ、うん!そうそう!あはははー」

そう言いながら校舎に入り、教室まで行く。
電話を切る(フリをする)ときに
「あ、授業始まるわ、じゃーねー」という芸の細かいっぷり。

空しい風が私の胸を通り去っていった。

今思えば、「ノー」と言っておけば良かったんじゃ・・・。
頭の回転の遅さを呪う悲しい朝の一幕だった。

2010/09/21

引っ越し完了!

昨日、引越しがようやく完了した。

ようやくと言っても、部屋を見てわずか1日で引越しという
かなりスピーディーな展開だけれど。

大きなオートリキシャをチャーターして荷物を積み込み、
ファンを取り外してまた取り付けて・・・
鬼のように面倒だったけど手伝ってもらったおかげで
3時間で終了。

不思議なのは、バックパックで来たはずなのに
なんでこんなに荷物が増えてんのか、っつーこと。
まぁ、ガスだのコンロだのベッドだのって色々あるからね。

コンクリートむき出しの床を素敵にしたり、
ちょいちょい物を買ったりしなくてはならないので
まだまだ部屋は未完成。

毎日ちょっとづつ買い物をしています。
金が出て行く一方だ。

私好みの小さなお部屋(といっても8畳くらいありそう)に
エントランス兼物干し場兼風呂トイレ(ここはなぜか広い)。
キッチンも小さくあって、このちょい狭いくらいの感じは大好きだ。

オーナー夫妻もとてもいい人で、
奥さんはいつもニコニコ。
オーナーはムッツリ怒っているかと思ったら
歌を歌いだす始末。
もともとそういう顔だったのね。

外は静かだし、大学もガートも近いし、
とりあえず今のところは満点!

部屋が完成したら画像アップします!

さて、勉強せねば。

2010/09/20

沼に。

沼に落ちた。

両足落ちた。















落ちたというか、歩いていたらなんか沼だった。

しかもくさい。

何くさいって・・・・言えない。

泣きそうだ。

踏むとかのレベルを遥かに凌駕する不快感だ。

その包容力はまるで朝青龍。
その暖かさはまるで春の日の陽だまりの中。
そのしっとり感はまるでジョンソン・エンド・ジョンソン。
一歩踏み出すごとに聞こえるハーモニーは
ウィーンフィルハーモニー合唱団。

でもウン泥。

目が悪いのに加えて停電、対向車のハイライト。
私の視界は一寸先も闇だった。

引き返そうとしたらおじさんもハマってた。
二人して無言で引き返した。

2010/09/18

部屋を探しに放浪する日

引越し先を探すため、アッシーガートという場所を
うろちょろしてみた。

とりあえず長期滞在者用のゲストハウスに住んで、
のんびり部屋探しでもすっか、と思っていたから、
ゲストハウスを巡りに小道に入る。

部屋探しはまず、チャイ屋のおじさんやら小間物屋の
おじさんやら情報通っぽいおじさんやら、
とにもかくにもおじさんに、
「部屋探しとるけん、誰に聞くのがええですかいの~」と訊く。
運がよければおじさんが知っているし、
あるいは第二のおじさんやら第三のおじさんを紹介してくれたりする。

部屋探しは、おじさん巡りでもあるのだ。

ゲストハウスを覗いてみたが、値段が高かったり
部屋にキッチン作れなかったりでなかなか折り合いが付かず。
 シーズンでもあるから、部屋も埋まりつつあったりして、
 なかなか骨が折れた。

チャイ屋のおじさんに、自転車修理屋のおじさんを紹介してもらい、
自転車修理屋のおじさん不動産に詳しいおじさんを紹介してもらって、
部屋を4件見ることができた。

一軒目は、確実に迷う!という小道をどんどこ入った一角にある部屋。
どうぞ、と言われ中に入ると、おばさんがソファーに寝転んで
テレビを見ながら腹を掻いていた。

シカトされっぷりは、まるで自分が透明人間になったかのよう。

ここは大家の部屋なんだろうな、と思い、
あまりジロジロ見ないようにしていたら、
「この部屋だよ」と言われた。どひゃぁ。

家具はいいけどおばさんは隠しておこうぜ。
取り急ぎおばさん以外をチェックしたけれど、
キッチンだと言われた場所は神様を祭るとこになってるし、
2部屋あるよ、って言われていたのに一部屋は1畳しかない。
トイレがキレイだろう!と言われたけど、
自分に嘘は吐けなかった。

考えてからまた連絡します、と言って家を後に。
(こんなんばっかだったらどうしよう・・・)とかなり不安になりながら
次の部屋を紹介してもらった。

次の部屋は小道をさらに進んだ突き当たり。
もう空気がどんよりしすぎ。
曇っていたから、というのが理由にならないほど、
昼間なのに暗い。そして最寄の店まで徒歩15分。

マダムがドアを開けてくれたんだけれど、
中から出るわ出るわ、インド人女性。
部室?!って思うほど人がぎっしり。よく入ったな、というほど。
部屋に通してもらったが、なるほど確かに部屋。
しかし、インド人一家(親戚一同含む)が使っている家の一室。
トイレもお風呂もキッチンも一家と共同。

これは・・・精神的に5分で限界を感じる!
既に限界値を結構超えていた私は、
カレー食べていきなさいよ!というお誘いを断って
そそくさと退散。

雲行きはさらに怪しくなってきた。
このおじさんに付いて行っても
いい部屋が見つからないような気がする・・・。

3件目は大通りに面した小さな家の3階。
一階は大家さんが住んでおり、なかなか優しそうな一家だ。
おお、まともなところもあるじゃないの。

部屋を見ると窓が二つ。トイレもあるし、小さなキッチンもある。
小さな物置も付いていて、あらまぁ、これはなかなかイケル?

何気なく窓を開けてみた。
洗濯物を干すには風通しが重要だ。

私の目に飛び込んできたもの。それは、おじさん。
ランニングが小さすぎて乳首が出まくっちゃってる、おじさん。
こっちをガン見している、おじさん。

静かに窓を閉める。

隣の家の一室があまりにも近い。
昔の少女漫画の、幼馴染の彼とベランダでお話できるのーっていう
シチュエーションよりまだ近い。
手を伸ばしたら届く。手が繋げる。息の匂い嗅げる。

そんなオプションいらない。

気を取り直してもう一つの窓を開ける。


私の目に飛び込んできたもの。それは、おじさん。
ランニングが小さすぎて乳首が出まくっちゃってる、おじさん。
こっちをガン見している、おじさん。

苦笑いで窓を閉める。
おじさんはニコリともせず、微動だにせず、ただ私を見つめていた。

窓、開けられない。

優しそうなマダムの笑顔を後にして、
静かに立ち去った。

(やっぱりゲストハウスに住もうかな・・・)
そんな諦めが心を支配するのに、
そう時間はかからなかった。

最後の部屋は、大通りから小道をちょろんと入ったところにある
閑静な住宅街の一角。
家自体はすごくキレイだし、周りも静か。
大学までもそう遠くないし、ちょっと歩けば店もある。
ガンジス川まで歩いて10分だし、
ロケーションはバッチリだ。

部屋は改装中らしく、おじさんが数名働いていた。
小さなキッチンに窓はないけどキレイで大きな部屋が一つ。
バスルームは改装中だけど、キレイになりそうだ。
そして、風通しのいい部屋(玄関か?)も一つ。
ここまでは申し分ない。

さて、問題点は・・・・・

・・・・・・・・

あれ?パーフェクト?

大家さんとは玄関のゲートも違うという
プライベートの充実っぷり。
キレイな棚も付いていて、(ホントにキレイな棚。)
まさかのパーフェクト物件を発見した。

値段もそこそこ(私にとっては高いけど)予算内に収まり、
ここに決めないとバカでは・・・と思うほど。
もう一人今日部屋を見た人がいるらしく、
お決まりの「時間がないんだよね」の言葉に後押しされて、
まぁ本当に気に入ったということもあり、
即決させていただいた。

明日には工事が終わるとのことで、
明後日早速お引越しを開始する予定。

来週からは新生活がはじめるぞーい!

これが真髄!

本日2回目の更新。
家にネットがあるってイイね!

さてさて、こうして授業を終えた私は、
勉強のためチアキ先生の日本語クラスに見学に行った。

チアキ先生は、BHUの学生専用の日本語クラスを持っているので、
クラスは総勢50名以上

私のクラスの3人とは規模も教室の広さも果てしなく違う。

教室に入るとインド人がどっちゃり!
「おはようございまーす」と言いながら
ひょいひょい教壇に上がるチアキ先生の背中を見て、
器が違う・・・とある種の恐れすら感じた。

コッソリと一番後ろの席に着く私。
途中、ナオ先生(2年生の担当の先生)も参加。

前半はひらがなのテストをし、
後半は自己紹介の練習だった。
恐れ多くも私は生徒たちの前に立ってチアキ先生と
自己紹介の練習をしたのだけれど、
緊張のあまりニヤニヤしてしまって
かなり不審者な匂いが出ていたはず。

「はじめまして。わたしは●●です。
 BHUの学生です。どうぞ、よろしく。」

この文章を使って自己紹介の練習をし、
授業を終えたのだった。

その直後。

私とナオ先生に群がり、おもむろに自己紹介を始める生徒さん。
嬉しいやら恥ずかしいやら、がむしゃらに返事を返す私を横に、
さすがナオ先生。優雅に受け答えていらっしゃる・・・さすが。

このとき、「あなたの目、すごくキレイ!」(これは英語で)と
言われたことにまたしても緊張。
「そそそそそんなことなななななないですよ!」と言って、
苦笑いで目を逸らしてしまった。
まぁ、女の子に言われたんだけど。

予断ですが、外国人によく「目がキレイだ」と言われる。
最初は「私、目がキレイなんだ!」 と鼻高々(低いけど)だったが、
ある日(本当に美人な人には『美人だ』と言うんじゃないか・・・?)と感じはじめ、
(『他に褒めるとこないからとりあえず目を褒めとくか。
みんなキレイだし。』ってことか・・?)という
被害妄想に取り付かれている。
だから、目がキレイだね、と言われるとちょっと複雑。

閑話休題。

私は、インドにいるのでインド人との会話に事欠くことはまずないけれど、
彼らインド人にとっては(観光客エリアではない、一般の大学生など)
日本人と会話できる機会はかなり限られている。
だから、覚えた日本語を日本人にすぐ使いたい!という気持ちに応えたい。

・・・という気持ちはヤマヤマなんだけど、
心の準備がまだだったー!
まさかここまで「喋りたい!」パワーが強かったとは。

引っ込み思案代表の国から、自己アピール代表の国に来た、と、
改めて実感した。

負けないように頑張らなければ。







家に帰ったら、財布の中に2ルピー(4円)しかなかった。
なんてギリギリの生活。

教壇に立つ。そして白になる。

本日ついに教壇に立ちました!

雨が降っていたから皆さん20分の遅刻で、
「これがボイコットか・・・」と泣きそうだったところに、
「マダム!」と言ってずぶ濡れで生徒さん到着。

年齢がさほど変わらない私をマダムと呼んでくれた!
教師扱いしてくれた!う・・嬉しい!感動・・・。
(マダムは女性教師を呼ぶときに使われる言葉。
私が老けているわけではない、と思いたい。)

「先生」と呼ばれることがこんなにも嬉しいだなんて。
ちょっと泣きそうになった。

そして授業始め。


「おはようございます。」

「おはよーごじゃましゅ!」

うう、嬉しい。
お母さん、私先生になったよ!

「始めます。」

「おねがーしましゅ!」

意外と先生してんじゃーん!
初めてなのにできてんじゃーん!

と、感動はここまで。
緊張と感動のあまり、昨日予習した授業の進め方やら、
「こういうときはヒンディーでこう言う」という記憶が
キレイさっぱりどこかに消えてしまった。

始めるって何を?何をどうやって?
わたしは誰?ここはどこ?

泣く泣くカンペ(予習ノート)を開いて、
「や」から「ん」までのひらがなを練習開始したのだった。
これだけはしたくなかった・・・とこっそり落ち込むワタシ。

教えてみて分かったけれど、日本語は難しい。
ヒンディーは母音記号と子音一つで
「か、かー、き、きー、く、くー、け、かえー、こー、かぉー」と
10の文字を覚えることができるけど、
日本語は全ての文字が違う。

短期間で全く身近じゃない、
「変な記号」のひらがなとカタカナを覚えるのは
至難だと思う。

「あ」から「ん」まで終わったので、
ひらがなカードをシャッフルして読んでもらうことにした。

「わ」「れ」「ね」の違いで戸惑い、
「た」「に」「け」の違いで戸惑う生徒さんたち。
 うんうん、分かる分かる。

意外だったのは、「ゆ」「を」を良く間違うことだった。
似ている点はあまりないように思えるけれど、
「どっちも線がグニャグニャでよくワカンネ」という
気持ちであったんだろうと推測している。

「マダム、(「こ」のカードを見て)これは『こ』ですか、『こ』ですか?」

「『こ』は日本語にはひとつです。強いて言うなら『こ』です。」

「マダム、(「た」のカードを見て)これはどの『た』ですか?」

「『た』も日本語にはひとつです。強いて言うなら『た』です。」

私がヒンディーで苦手意識を感じている、、
「同じやんけ。」という発音の違いに入るツッコミ。
やはり耳の構造が違うんだなぁ、と実感する。

しかし、「ざ」「じゃ」の違いは分かりにくい、とか、
「えー!全然違うわ!」と私たちが感じるところは
「同じやで。」と思うらしい。

「ん」と言っても、「ぁらん」(としか私には聞こえない)と言われ、
(なぜこんなにも違うんだ・・・)と、言語奥深し。

カード練習をもっとしたい!という要望があり、
書き取りは宿題にすることにした。

「『ミックス』は日本語で何て言うんですか?」
「『次』は日本語で何て言うんですか?」
「『宿題』は日本語で何て言うんですか?」
 と矢継ぎ早に質問攻め。
やる気を感じて感慨もひとしお。

「マダム、ありがとうございました。こんばんは!」

と言って教室を去っていく生徒さんの背中に、

「それは『さようなら』だ・・・」というエールを送りつつ、
初の教壇を降りたのだった。

とても熱心な生徒さんたち。
日本で、日本企業で活躍してくれる日が来たらいいなぁ、
と心から願っている。
次の授業が待ち遠しい。






でも、正直下痢で辛かった。

2010/09/17

ジャパニーズ クラス 初授業で興奮

インド時間も夜中の2時半を回りました。
すげー眠いかもって思って帰宅したものの、
宿題が楽しくなってついついこんな時間に。

ダーハーレーアードイヒーなのに
ジーマーベンカンなんですケド。
(肌の荒れがひどいのにマジ勘弁なんですけど。)

はてさて、本日日本語クラスの初授業でした。

といっても、右も左も上も下も前も後ろも
鶏と卵はどっちが先なのかも
幸せとは何なのかも
今度のワールドカップで日本がベスト8に入れるかどうかも
裁判への漠然とした恐れは封建制下の記憶に発しているのかも
そんなことすら分からない24歳の秋。

よって、現在BHUで日本語を教えているチアキ先生が
授業のお手本をしてくれたのだ。

今はひらがなを覚えている最中で、
ひらがなの書かれたカードをランダムに見せて答えさせる
という方法を取っている。

自分が小学生だったころのことを思い出してみた。
確かに読み書きの練習はしたけれど、正直ダリィと思っていたし、
「知っとるワイ」と生意気にも思っていた。
もちろん私が生粋の日本人で、
ひらがなで書かれた本やら知育玩具に触れていたからだろうけれど。

しかし、改めて「ひらがなを初めて見た人」になって、
「ひらがなの形」をじっくり見てみると、
なるほどどうして難しいやんけ!と感じたのだ。

「ほ」「も」「は」「ま」「け」の違いを見分けることが苦手らしく、
ランダムにカードを見せると口ごもってしまう学生さんたち。

そう言われて見れば、確かに線が一本あったりなかったり、
くるんとしてたりしてなかったり、
右にはねたり左にはねたり、
でもなんとなく似てたり似てなかったり。

その他にも、「ぬ」「ね」や、「さ」「き」や、「あ」「お」など
似通ったものが多い気がする。

同じ文字や単語をずっと見ていると、
見慣れた文字が「あれ?こんなだったっけか・・・?」
感じた経験があるかもしれないが、
そんな気分になってきた。
「む」って変な形だ・・・とか。

このクラスの生徒さんは一度大学を卒業している人たち。
やる気があるメンバーらしく、飽きるだろうと思われる
「ひたすら文字を覚える練習」(星一徹か・・・?)と思われるほど熱心。

「じゃあ、次やりましょうか。」
「先生、もう一回お願いします。」

生徒の鏡!

私なんかは「家帰って復習しよう。自主勉じゃーい!」と、
「分からないところは後回し。自己責任型」だし、
あと授業英語だし、うまく質問できなかったら恥ずかしいし、
手を挙げるとか恥ずかしくてできないし、
答えてもらっても多分分かんないし、
分かんなかったら愛想笑いしてごまかしちゃうし、
というピュア・ジャパニーズ

生徒さんのやる気にすっかり感化されたのだった。

明日はついに一人で授業をする日。実質初授業。

泣かないように気をつけよう。

2010/09/15

ティーチャーはどこにいったのか

ド平日の今日、いつものように大学に行ったのだ。
朝から雨だなぁ、嫌だなぁと思っていたけど、
それでもめげずに行ったのだ。

10時からの授業と11時からの授業がある。

10時からのティーチャーは
10時15分に来て10時45分に無言で帰るという
華麗な足裁き。なんという軽いフットワーク。
ジダンもビックリ。

そして11時からのティーチャーを待つこと30分。
 時計の針は(デジタルだけど)11時15分を指していた。

そしてさらに待つこと15分。
長針が真下を向くと、さすがに「え?マジで?」という空気で満たされる。

そして待つこと30分。

ついにティーチャーは、来なかった。

下の階のオフィスに行って、
「今日ティーチャー来ないんですか?」と聞いてみた。

すると、
「うん、昨日は休みだったよ」

あーうんうん、そっかそっか、って一瞬納得しかけた自分に活を入れる。

そんなことが聞きたいんじゃない。そんなことじゃないんだ。
私が聞きたかったのは、今日 ティーチャー 来ないんですか?ということだ。
昨日のことなんて正直どうでもいい。
腹を下していたとか結婚式に出席していたとか、
そんなことが聞きたいんじゃないんだ。

「いやいや、今日!11時からの授業!
ティーチャー来ませんでしたよー!」

「うん!だから、昨日休みだからね!」

昨日休み=11時からの授業休み

その発想は・・・ないッ!
A=B A≠Cの場合、B≠Cだろうが! 
念のため英語でも言ったしヒンディー語でも言ってみた。
しかし、答えはひとつ。真実はたった一つ。

「昨日、彼、休みだからね。」

だからどうした・・・。

ここで現れた救世主。カナダ代表、コリッサ。
私が、「トゥデイ ティーチャー ホリデイ?!」とかなんとか、
ベスト・オブ・幼稚な英語を繰り出した後に、
彼女はペラペ~ラな英語でお伺いを立ててくれた。

しかし、返ってくる言葉はただ一つ。
彼女の美しい眉間に刻まれる一筋の皺。

もうなんか、あれかな、重大な機密事項があって、
今日のティーチャーの予定を聞かれたらこう答える、的な
マニュアルがあったりすんのかな。
これ以外のことは一切口外無用、的なそんなやつが。
マジックミラー越しに見られてたりすんのかな。
コロンボ的な人が「彼らの中に見覚えのある人物は?」とか
襟立てて訊いたりすんのかな。
パイプ持ってたりしてさ、スパーっと吹かしたりして。
ワトソン君・・・とかこう、なんか諭したりしてね。




物思いに耽りながら帰っていたら、
急にバイクに轢かれそうな気がして
突然バッと振り向いた。

一人、おばちゃんが
至近距離ですげービックリしてた。

バイク、いなかった。

なんだろう、心に漂う空しさは。
きっと、異国の風のせいね。

きっと、そう。

ゆるやかに、満ちてゆく

ほわりほわりと、
まるでクリームのようにとろけそうで、
とても優しく包み込んでくれそうな。

ゆるやかに、
幾度となく満ちては去ってゆく、
波のような。

とても穏やかで、
それでいて時に激しく、
私の体を通り抜ける。

春の一陣の風のような。

































そんな下痢をした。

腹が痛い。

生きたヒンディー・・・か?

まいどどうも。眠れぬ夜は私のせい。
コーヒーをガブっといったので目がギラギラして眠れまい。

最近大学でできた日本人のお友達。
彼女はヒンディーがとても上手。
しかも、教科書一辺通りの言葉ではなくて
「こういうときはこう言ってる方が多いよねー」
生きたヒンディーを教えてくれる素敵な女性です。

例のごとく、どうやってヒンディーを勉強したの?と聞くと、
「怒りだ!」と言っていた。

わかります!
「こう言ってやりたい!」とか、「ちょっと聞いておくれよ!」とか、
話したい!欲求は怒りから生まれるのが常。

だから、「私は毎日コーヒーを飲む」とかではなくて、
「アンタには関係ないでしょ!」とか、
「悪く思うなよ」という
一見汎用性のない言葉のほうが早く覚えちゃったりして。

単語も、「野菜」「犬」とかよりも
「怒る」「やめて」「触らないで」「黙って」などなど、
負のオーラが漂う一方。

でも、私の動力になっていることは間違いない!
というわけで、 最近覚えたヒンディー語。






痔が痛いなら早く帰りなよ!

いつ使おうかな・・・。

2010/09/10

新しい風が吹いているよ!

ハンカチが手放せない時期が終わり、
暑いけれど風が心地よいインドからこんばんは。

突然ですが、発表します。

だららららららら・・・・ダーン。

 








来週から大学で
日本語を教えることになりました!

ヒンディー語を勉強し始めてから言葉の面白さに気づいて、
改めて日本や日本語を見直すとこれがまた面白い。
ヒンディーで会話していると、日本語の良さもまた見えてくる。
英語やヒンディに訳しにくい言葉を通じて日本の風習が見えてきて、
どひゃー!そうだったのか!と日本再発見。
日本って面白い国だよ!日本っていい国だよ!ということを
教えられたらいいなぁ、と思っていたのだ。

そんな中、「BHU(大学)で外部の人が受けられるコースがあって、
日本語教師が足りないんだけど、やってみない?」
という
神のお言葉を賜った。
二つ返事で「やります。是非。むしろお願いします。」と言ってはみたものの、
日本語教育法を大学で勉強したことはないので、
どう教えたらいいのかは全くの素人。
毛すら生えていないツルッツルのド素人。

幸い、日本語を教えるためのテキストを日本から持ってきていたので、
読みに読み漁り、「い形容詞な形容詞」とか「て形」とか
今まで国文法を学校で勉強してきた中で聞いたことのない言葉に
いちいち「おおー!本当だ!」と驚きつつ、
自分の中で外国人に教えるための日本語文法を咀嚼してみた。
咀嚼したけど飲み込めたかどうかは別として。

生徒は3人と少ないけれど、本気で日本語を勉強したい人ばかりらしく、
その熱意に応えなければ!と鼻息荒く辞書をめくっている。
イーバカフェのオーナー、アキオ氏の奥様と協力して、
交代で授業を受け持つことになっている。
どうなることやらドキがムネムネー!!!だけど、
先輩教師の皆様に迷惑をかけつつ頑張るぞーと思っています。

ヒンディーで教えられたら私のヒンディー語も上達するでしょうし!

また、BHUに在学中の生徒が受ける日本語コースの見学も
許してもらえたので、来週から午前中はヒンディーの、
夕方は日本語の勉強で忙しくなりそう。

とにかく今、人生がすごく楽しい。

なんて、半分スキップで帰宅していたらうんちを・・・
踏みそうになったけどよけた!
うっほー!神は私の味方だーい!

と思っていたら家の門の中で大家の犬のウンコ踏んだ。
なるほど、部屋に帰るまでが遠足か。

2010/09/04

モテているのは誰?

「あなた、モテますか?」と訊かれると、
首を180度傾げたくなるような私です、こんばんは。

しかしこちらインドでは、モテモテ(死語)で困っちゃうーという有様。
言い寄ってくる男の数たるや、
まるで雨上がりの堤防でアジを釣っているかのよう。
人生には3回のモテ期があると言われているけれど、
インドで使い果たしちゃってる感が否めない。

なぜか。

それは、インドで私がすごくキレイになったから、というわけでは
残念ながらなさそうだ。
ジャパンでこれほどモテていたならば、「モノホンじゃー!」
ヨダレの一つや二つ流して湖の一つや二つ創りたくなるけれど、ここはインド。
理由はただ一つ。

私が日本人だから。

日本で働きたい、日系企業で働きたいという人は数知れず。
日本人の知り合いを作って、うまいこと結婚しちゃえば
左うちわな生活が保障されているとなれば、
カースト制度が根強く残っているここインドの男性陣も
張り切るというわけだ。

もちろん、そんな人ばかりではない。
純粋に日本人女性を好きになる人もいるだろうし、
純粋に日本企業で働きたい人も多い。
あくまでこういう人たちも多いよ、という話として
お読みください。
ただし、その見極めは非常に難しいのだけれど。

「僕は日本が大好きなんだ。本当に。」

「そうなんだ。じゃあ知ってる日本語話してみてよ」

「『どこに行きますか?』とかね。」

「他には?」

「・・・今、勉強中なんだよ。そうだ、君、教えてよ。」

云々。

「どこに行きますか?」
なんて客引きのオッサンでも知ってるわ!
そこら辺のコミッションボーイの方がうまく喋れるわい!

この、「ヒンディー語教えるから日本語教えてよ」は常套文句。
十中八九言われること間違いなし。

他にも、

「日本は本当にいい国だよね。日本に行ってみたいなぁ。」

「そうなんだ。日本のどこが好きなの?」

「君のように美しい女の人が多いでしょう?
それにとても親切だし、とても静かだしね。」

「そうじゃなくて、日本のどこが好きなの?」

「・・・ソニーとか。」

「他には?」

「と、とにかく、君みたいな美しい・・・(エンドレス)」


ソニー・ブランド恐るべし。
この、「日本大好きだけど日本のこと全然知らなーい」という輩も多い。

すごく極端な人だと、

「日本では一ヶ月の給料いくらなの?」

「人によって違うよ」

「君はいくら貰っていたの?」

「教えない。教えたくない。」

「・・・っていうことは、すごく沢山なんだね!結婚しよう!」

給料沢山=結婚しよう
なんという単細胞。これで結婚できたら世話ねーよ!
そういう輩にはこう言っておく。

「でも日本はすごく忙しい国だから、
一日20時間以上働く日もあるよ。休みの日も仕事するし、
こんな風に昼間にチャイ呑んでのんびりしたりはできないんだから。」

「・・・。」


こうして彼らは静かに去っていく。

「私ってモテるの。オホホ。」と言いたいところだけれど、
オホホもウフフもない。
「オレの父ちゃんヤクザなんだぜ!」というのと同じで、
私のバックグラウンド目当ての男性は山の如し。
私の後ろに黄金の国・ジパングがついている限り、
インドで男性を信じるというのは難しいことであるなぁ、とつくづく感じた。

もちろん、全てではないのだけれど。

あなたのお名前、なんてーの?

道を歩いていたりオートリキシャに相乗りしていたりすると
子供やおじさんからやたらと名前を聞かれる。

ただ興味本位で聞いているだけなんだろうけれど、
「みゆき」という発音が難しいらしく、何度も何度も聞き返される。
「は?何?!もう一回!」と言われるのが少々鬱陶しくなってきてしまった。

「みゆきだよ!」
「む・・・むゆーくー?」
「ノノノノノ!み・ゆ・き!」
「みょーきぃー!」
「だから・・・」

(エンドレス)

よって、今後付き合いが続きそうな人を除き、
ただ名前を聞いてくるだけの輩にはかなりテキトーに答えるようにしている。

「キャー ナーム ハェ?(何ていう名前?)」

「安全ピン」

「ワァー バホット アッチャー(超いい名前だね!)
カハーン セ アーイー?(どこから来たの?)」

「ロシア」

「ワァー バホット アッチャー(超いいね!)」


最近私は
ロシア育ちの安全ピンになったり
タイ育ちの豆電球になったり
韓国育ちに明太子になったり
ブラジル育ちのアルゼンチンになったりと
忙しい毎日を送っている。

苗字を聞かれるとさらにややこしい。
めったに聴かれることはないけれど、
学校で出席をとる際にはフルネームで呼ばれることが多々あり、
先日授業の後で先生にチョイこっち来て、と呼び出された。

「君、苗字の発音は『いちのせ』かね?
『いちのせ』かね?『いちのせ』かね?
『いちのせ』かね?」

「はい?」

「だから、苗字は『いちのせ』かね?
『いちのせ』かね?『いちのせ』かね?
『いちのせ』かね?」

「・・・(この人は大丈夫だろうか・・・。)」


「タ」行がそれぞれ4種類あり、どうやらそれで戸惑っていたようだ。
ここまで突っ込まれたのは初めてだけれど、
発音の練習をした後、後日先生に言った。

「私のファミリーネームは『いちのせ』です!」

正直、いい反応を期待していた。
私の目は『ちゃんと練習してきました先生!』と、
期待に輝いていただろうし、なんというか学級委員長的な
オーラを出していたような気がする。
『私、頑張ってます!』っていう、あんな感じを。
しかし、現実はそうは甘くないようだ。
ティーチャーは一言こう言い放った。

「・・・・・・・・・キャー?(何?)」

ええー。忘れちゃってるよ、この人。
そして忙しそうに去っていった。

先生の背中の汗のしみが揺らいで見えたのは、
涙のせいかどうかは、定かではない。

2010/09/01

授業始まったどー!

ヒンディークラスの授業が始まりました!

こーんな広い構内をひたすら歩くこと15分。















ここがヒンディー語クラスの校舎、
「ヒンディー ディパートメント」です。
















入学式だから花が飾ってあるわけではありません。
ヒンドゥー教のお祈りの花です。

教室はこんな感じ。






































おそらく12畳程度の狭い教室をあてがわれました。

クラスには韓国人4人、カンボジア人1人、ベトナム人2人、
イスラエル人1人、インドネシア人だかスリランカだかが2人、
日本人4人という、なんともアジアンな雰囲気が漂っています。

最初は文字の書き方から・・・あれ?
書き方・・・?

教科書という教科書は未だ配布されず、
先生が板書する文字で発音の練習。
文字の書き方は自分で勉強してきてね、というスタンスか。

でも、本場インド人の発音を聞いて、
英語がまったく分からなくてもなんとなく分かるようになった。

「タ」の発音が4つ、「ダ」も4つ、
「ナ・サ」がそれぞれ3つ、
「チャ・ジャ」は2つずつ、と、日本語とだいぶ違う発音に戸惑っている有様。

インド人は耳がいいのかなんなのか、
「ジューター!(靴)」と言いたいのに、
「ジューター(うそつき)じゃないよ!ジューター(靴)だよ!」
もうまるでコント。「なんも変わんねーよ!」と言うと、
「全然違うよ!」と言われる。

うーむむ、そうかい・・・?

そして2回目の授業では既に
「ハイ、知ってる単語を挙げてくださーい」とヒンディー語で
まくし立てられ、「ヒンディー語を勉強するには云々・・・分かった?!」
とヒンディー語でまくし立てられる。

わ、わからんだろう!
それを勉強しに来てるんじゃーい!!!

というわけで、予習が欠かせないという
意外とハードな感じ。
そもそもヒンディー語を勉強したい人が来ているから、
ちょこっと喋れる程度の人は多い。
周りが私の知らない単語を挙げていると、
「ま・・・負けた・・・」と密かにショックを受けている。

さぁ、負けないように勉強するか!






と思ったら停電。

もう寝ます。

ファミレス行こうぜ!

たまにはジャンクフードが食べたいぞー!ってことで、
バラナシ最大級のショッピングモールにやってきました。

I.P.Mall












映画館ありーの、最先端ファッション(らしい)服屋がありーの、
雑貨屋がありーの、ドミノピザがありーの、
いうなれば渋谷109的な存在。

キッズが戯れる小さい遊園地も完備という配慮。

お決まりのミニミニトレインで戯れる金持ちキッズ。













うつろな瞳のアヒルちゃん












ディズニーが見たら訴訟沙汰かな?ダンボくん













えーっと、何か分からない













そんなファンシーなプチ遊園地の横には
天下のマクドナルドー!!!

よく見てください。













「ファミリーレストラン」です。

そう。マクドナルドはジャンクフードではありません。
立派なファミリーレストランとして君臨しています。

誕生日パーティーを開くことだってできちゃうんです。
それ専用のスペースもあります。

ノンベジな私はマックチキン。













ポテトは血圧が上がりそうなほどの塩加減。
うーん、ジャンク!

飲み物は選べるのかもしれないけど、
基本コーラ。


うーーーーーーーん、ジャンク!

そして、そのことをインド人に話すと大抵この流れになります。

「今日どこに行ってきたの?」

「I.P.Mallだよ」

「えー!じゃあさ、じゃあさ、バルガル食べた?!」

ば・・・バルガル?

インドではRの発音をバッチリするので、
バーガーはバルガル。
ファーザーはファルザル。
マザーはマザル。

うん、バルガル、おいしかったよ。

幸せ気分の帰り道、やっぱりうんこ踏んだ。

インディアンフード作ってみた

腹減ったべし。というわけで、
毎日毎日ラーメンとパンのヘビーローテーションだった私は、
急遽サブジ(野菜カレー)とチャパティー(ナンの薄くなったようなもの)を作ろうと
決心したのだった。

近所に出向き、野菜探し。
たまねぎ・ジャガイモ・ささげ・カリフラワーを購入。

これまた近所のお店で「サブジ・マサラ」を購入。
サブジを作る準備は整った!

次はチャパティーを作るための粉を探す。
「どこの店でも売ってるよ」との情報があったので、
手当たりしだいお店に入って聞いてみた。

「チャパティーパウダー ミレーガー?(チャパティーの粉ありますか?)」

「・・・・・・・これか?」

差し出されたのは紅茶の葉っぱ・・・?
黒いツブツブのこの子からチャパティーが作れるとは思えない。

「ノー!チャパティー!チャパティー!」


「あぁー、これだろう。」

こ、これは!
TATA社が作っている紅茶!

TATAティー!!!


・・・おしい!

「ノノノノノ!!チャパ!チャーパーティー!!!」

「・・・?」

「チャ・パ・ティー!チャパーティー!チャーパティー!」

「・・・・・ナヒーン ミレーガー(・・・ないよ)」

ないって?!うそこけー!あるって!!

「ホラ!サブジー ケ サート カーネーワラ!
(野菜カレーと一緒に食べるやつ!)」

すると後ろからインド人や寄ってきて、
「おい、オヤジ。それ多分アーターのことだ」

「アーター?!アーターのこと言ってんのかこの日本人は!わっはっは!」

「おい日本人!白いヤツだよな?パウダーだろう?」

「そう!白いパウダー!食べるやつ!」

こうしてようやく購入できたチャパティーパウダー、否、アーター。

500gでRs.8という破格のプライス。

これでようやくチャパティーが作れるぜ!!!

作り方は超簡単。

こいつらを水と一緒に炒めて煮る!























チャパティーは












水で溶かして












以上!

これが結構大変なんだ・・・。
右腕が範馬刃牙みたいになりながら
こねて丸めたけど、インド人女性は毎日やってんだもんなぁ・・・。
頭が下がる。

















こうして完成したインディアンフード!

こんなもんが旨いわけ・・・


















うまい!


















チャパティーがちょっと固いけど、
初めてにしては上出来だ!!!

作るのが面倒だけど!

後日談。

知人に、「チャパティーがすぐに硬くなっちゃうんだよねー。」
と話したところ、こんなこと言われました。


「それ、本当にアーター?」

え?そっから?

水の加減とかそういうんじゃなくて?

初対面の人に「あなた、人間?」って聞かれたくらいの衝撃。
アーターだと信じて作らせていただきましたが・・・?

「多分ね、それ、マエダー(小麦粉)だよ。」

え、でも私、アーターって・・・。

「チャパティーの粉はね、ちょっとだけ茶色いんだよ」

え、それ、マジで言ってんの?

速攻で家に帰り、粉をチェックしたところ、紛れもない
まばゆいほどの、

これですいとんでも作ろう。
戦時中みたいな食事しよう。

こんなん食べてます

日本はありがたいなぁ、とつくづく思う。
とりあえず、
コンビニがあることがなによりスバラシイ。

で、オーブンがある。
電子レンジもある。

インドにもあります。
しかし、停電もあります。
あるけど、使えない。
使いたいときに使えない。

ひもじい。

発電機を買えば一件落着だけれど、
高いうえに電気代も食うし、
今年中には手を出せそうにありません。

極貧ではないけれど、毎回外食できるほど
お金を持っていないので、ここはやはり自炊するしかない。

醤油もないし味噌もないけど、
慣れ親しんだ調味料に別れを告げ、
どうするべきか。

というわけで、あるもので何とかしよう!

幸い、パエリア食べたいし焼肉したいし寿司食いたい!と
切実に願っても、お腹さえ満ちてしまえばケロリと忘れてしまえる私。

野菜を買ってきて、炒める。以上!

パンをフライパンで焼く!以上!

バナナ!以上!

そんな食生活を送っています。

野菜は道端で売っているので、ジャガイモ、玉ねぎ、オクラを
ヘビーローテーション。

人間の体は大半が水だと言うけれど、
私の体は大半が玉ねぎでできています。
くせぇ!

しかしながら、日本人。
食事は見て楽しむ、の心が巣食っているのも事実。

あからさまに悲しいご飯。



































オシャレに背景をぼかしてみたけど、やっぱり侘しい。













たまには麺も。













一緒に住んでいる
Sちゃんと、「これは侘し過ぎませんか。」という意見で一致し、
現在調味料の充実を図っています。

輸入ストアに行けば天下のキッコーマンの醤油が手に入るようなので
今度行ってみようと思います。わくわく。

これで塩コショウオンリーの野菜炒めから卒業だ!
グレードアップする(予定の)食事をお楽しみに!